損保ジャパン本社訪問

 

木曜日は、

「東京出張」

してきたBOSS。


その流れで、

「損保ジャパン本社」

を訪問してきました。


新宿にある、

「有名なビル(パンタロンビル)」

に、久々に寄ってきました。

美術館は、お休みでした(汗)

 

もちろん、記念撮影(笑)


同行してくれた、

勝又職員

楢戸職員

と一緒に撮影したんですが、

「前富士支社長」

である、

森田君が、わざわざ出てきてくれました。


そんなわけで、撮影!

なんですが、こんな写真スポットができていることに感動しました。

 

 

ちなみに、

「本社勤務」

の社員たちは、

「スーツ」

は着ていない方が圧倒的に多いです。


このあたりは、

「スーツ営業廃止」

して、10年以上がたつ弊社の先見の明ということで(笑)


実は今、本社には、

「損保ジャパン」

の歴史を振り返ることができる展示があったりします。

 

本社入り口にあったのがこの展示。


損保ジャパンという会社は、

「日本初の火災保険会社」

である、

「東京火災保険会社」

が、起源であることは知っていましたが、その発足に、

「尽力した偉人達」

がいたことが勉強になりました。


その誕生は、

「1888年」

とのことでした。

 

その後、

「東京火災保険会社」

は、保険会社でありながら、私設消防団である、

「東京火災消防組」

を結成します。


この私設消防団は、当時の、

「警視庁」

から、唯一認可を受けた消防団だったのです。


彼らは、火災の知らせを聞くと、

「印半纏」

をまとい、

「鳶口」

を手に現場に駆け付けたのです。

まさに、現在の我々、「保険代理店」につうづるものがありますね。

 

実は、この話は知らなかったんですが、

「未曽有の震災」

である、

「関東大震災」

が発生します。


当時も、

「地震」

は、

「免責」

でしたが、保険会社は、

「保険金額の1割」

を見舞金として支払ったというのです。


これこそが、そもそもの保険会社の使命である、

「人々のくらしを罹災からお守りする」

という創業の想いが伝わってきました。

 

その後、合併と社名変更を繰り返し、

「東京火災」

は、

「安田火災」

となり、

「日産火災」

「大成火災」

と合併し、

「損保ジャパン」

となります。

さらに、

「日本火災」

「興亜火災」

も合流し、今の、

「損保ジャパン」

となるわけです。

 

それからは、多くの皆様がご存じの通り。


「人々のくらしを罹災からお守りする」

という、

「東京火災保険会社」

の創業の精神を今に引き継ぎ、

「東日本大震災」

など、多くの災害現場で、

「保険金のお届け」

はもちろん、

「罹災者に寄り添った」

活動を続けているということです。

 

 

意外と知られていませんが、

「損保ジャパン」

は、

防災・減災の取り組みである、

「防災ジャパンダプロジェクト」

というもの取り組んでいます。


将来を担う子供たちと保護者を対象とした、

「体験型ワークショップ」

が、それです。


このあたりが、次に、

「静岡」

でも開催されたらご案内したいと思います。

 

最後は、

「未来」

のお話です。


今後、

「損保ジャパン」

「SOMPOホールディングス」

は、保険金支払いにも直結するであろう、

「気候変動」

への取り組みを始めています。

そんなわけで、弊社の取扱保険会社である、

「損保ジャパン」

の過去と未来のお話でした。


弊社の唯一のパートナーである、

「損保ジャパン」

への愛を深くすることができた一日でした。

 

2026年1月
« 12月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031